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堂本光一(KinKi Kids)

バラエティから舞台SHOCKなど、多方面で活躍中のKinKi Kids・堂本光一さんの情報です

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基本情報(wikipediaより抜粋)

堂本 光一(どうもと こういち、1979年1月1日 – )は、日本の歌手、俳優、タレントであり、KinKi Kidsのメンバー。愛称は光ちゃん、王子等。
兵庫県芦屋市出身。ジャニーズ事務所所属。
身長168cm。芦屋市立朝日ヶ丘幼稚園・芦屋市立朝日ヶ丘小学校・芦屋市立山手中学校→・東海大付属望星高校卒業。
KinKi Kidsの相方・堂本剛と名字が同じなのは偶然で、縁戚関係は全く無い。

来歴

ジャニーズ事務所入所・KinKi Kids

小学校6年生の時、少年隊ファンの姉が送った履歴書がきっかけでジャニーズ事務所の社長ジャニー喜多川から電話が入り、神戸で行われた光GENJIのコンサートに招待される。 その後1991年5月5日、横浜アリーナでの光GENJIのコンサートに招待され、事務所に入る。 『KISSした?SMAP』にて初めて「Kinki Kids」のグループ名を発表。 1997年7月21日、シングル「硝子の少年」、アルバム『A album』の同時発売でCDデビュー。 デビューから30作連続でオリコンシングルチャート初登場第1位を継続、今なお自身で記録を更新中である。ギネス・ワールド・レコーズにも掲載されている。

ソロCDデビュー

2006年7月12日堂本光一として「Deep in your heart/+MILLION but -LOVE」の両A面CDをリリースしソロCDデビュー。 同年1月発売のサウンドトラック『KOICHI DOMOTO Endless SHOCK Original Sound Track』 (2006年度日本ゴールドディスク大賞サウンドトラック部門受賞)を始め、ソロ名義作品は2002年から既に5作品をリリースしていたが、ソロでCDシングルを出すのはこれが初めてとなった。 KinKi KidsとしてCDデビューする以前からドラマのエンディングにてソロの楽曲を披露していたがソロデビューはまだしていなかった。

ソロコンサート

2010年現在までに4度、ソロでの全国ホールツアーを行っている。いずれも光一自身による構成・演出・総合プロデュースとなり、2004年『KOICHI DOMOTO LIVE TOUR 2004 1/2』、 2006年『KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2006 “mirror” 〜The Music Mirrors My Feeling〜』と題したツアーでは、2004年は「それまでの堂本光一の集大成」として過去と現在を総括した内容で構成、2006年はファーストソロアルバム『mirror』を中心に構成・展開した。2009年のツアーは、2010年に発売することが決まっていたソロアルバム『BPM』への連動も匂わせた『KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2009 -Best Performance and Music-』というタイトルのもと、“今の自分だからこそ表現できるもの”を軸に敢行した。2009年に「今回のソロ活動はたくさんの人に背中を押されて始まった。次は僕からそのお返しができればいいなと思う。」と本人が語った通り、一年後の2010年には、4年振りとなるオリジナルソロアルバム『BPM』を引っ提げての全国ツアー『KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2010 BPM』を開催した。2004年30万4千人、2006年33万人、2009年30万2千人、2010年29万人動員とのメディア発表。

舞台

1993年『ANOTHER』、1997年『kyotokyo』、1999年『MASK(初主演)』を経て、2000年から『SHOCK』シリーズの座長・主演を務める。 『SHOCK』は、2000年の初演から2010年現在まで11年連続で毎年開催されており、2010年7月31日の千穐楽公演で通算751回の上演に達した。 2009年3月12日夜公演で、帝劇単独主演記録625回(森繁久彌)を23年ぶりに塗り替えたと東宝より発表された。これは単独主演では97年の歴史を誇る帝劇史上最速記録にもなる。 2008年4月『Endless SHOCK』が第33回「菊田一夫演劇大賞」を受賞。高い舞台成果に対しスタッフ・出演者一同に贈られたもの。同演劇賞ではジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長が2002年に特別賞を受けたが、同事務所の所属タレントが大賞を受賞するのは初めて。 堂本光一は『Endless SHOCK』では、脚本・演出・音楽にも参加している。『SHOCK』シリーズとしては2006年の『Endless SHOCK』で終了の予定だったが、約14万の座席数に200万を超える応募があったため、翌年の再演が決定した。 2010年は『SHOCK』シリーズ10周年記念として、初めての年間全100回の公演が行われた。(2010年2月14日(日) – 3月30日(火) ・7月4日(日) – 7月31日(金) )

ドラマ・映画

1992年公開の映画『200X年 翔』が映像での俳優デビュー。 その後オーディションを受けた『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』に出演が決まり、『家なき子2』『銀狼怪奇ファイル〜二つの頭脳を持つ少年〜』等で注目を集める。 2007年から2008年に掛けてドラマと映画で主演した『スシ王子!』では、初めての本格コメディーへの出演となった。

声優

2006年にはフジテレビ系アニメ『獣王星』(樹なつみ原作)で主人公トールの声(青年期)を演じ、初の声優挑戦となった(主題歌も担当)。2008年には主演映画『銀幕版 スシ王子! 〜ニューヨークへ行く〜』のキャンペーンの一環として『クレヨンしんちゃん』にKAT-TUN中丸雄一と共にゲスト出演した。

バラエティ番組・司会

KinKi Kidsとして、堂本光一として、90年代から様々なジャンルの番組を担当し、現在は『新堂本兄弟』で司会を務める。

ダンス

2010年現在、シングルではタイトル曲は全曲ダンスを披露している(米寿司名義も含む)。 KinKi Kidsで披露されるダンスはいわゆるジャニーズ的なものだが、ソロで披露されるものはそのほとんどが自身の作ったメロディーに乗せられた独特なものでバックダンサーもジャニーズJr.ではなく(ただし、ソロデビュー前は元々光一のバックダンサーとして結成された、こちらもデビュー前、すなわちジャニーズJr.時代のKAT-TUNがバックダンサーを務めていたこともある。また、Musical Academyは例外。)女性ダンサーを採用している。要因として、光一自身がダンスにこだわりを持っていること、自身の作るメロディーが典型的なダンスナンバーというよりはそれに独特の哀愁(クセ)が含まれたものであることなどが挙げられる。

作詞・作曲・映像編集

作詞・作曲も手がけ、ソロシングル・アルバムともほぼ全ての曲を自身で作曲している。 KinKi Kidsのデビューから現在までのKinKi Kidsのシングル・アルバム、また、自身の舞台サウンドトラックにも作詞・作曲(作曲のみ含)をした楽曲が収録されている。 他者への楽曲提供も行っている。(NEWS「private hearts」、KAT-TUN「Change」、滝沢秀明「dream boy」など)。作曲は1997年の処女作「MY WISH」以来、主にギターを使って行ってきたが、2004年に初めて舞台音楽を制作した際はそれまでと違った手法を用いた。マイナーコードの曲を作ることが多い。ソロでのCD、グループでのCD共に、コーラスの歌入れ、ミックス、トラックダウンなどを自らする場合が非常に多く、レコーディング期間中はスタッフと毎日朝まで話し合いながら作る事が多いとのこと。また、ソロの映像作品のほとんどの編集にも細かく立ち会う。CDシングル、CDアルバム、ビデオ、DVD等の作品への関わりもそうだが、コンサートの構成、演出等も、スタッフと話し合いながら自身で細かく行う。作詞作曲時の名義は「堂本光一」だが、KinKi Kidsの「solitude 〜真実のサヨナラ〜」のみ「K.Dino」と明記されている。これは「自身作なので作り手云々ではなく純粋に曲を聞いて吟味してほしい。」との思いから、堂本光一であることを隠したためである。「K.Dino」の由来は、F1のチーム・フェラーリの創始者・エンツォ・フェラーリの息子であるアルフレード・フェラーリの愛称“ディーノ”から取られている。

人物

父親、母親、3歳年上の姉(既婚)、本人の4人家族である。
『光一』という名前の由来は、母曰く「父親の名前の一字をとって、光一と命名」。本人は「1月1日の朝生まれたので「光る一番」と言っている。
2009年3月に、メスのチワワ(2009年1月9日生まれ)を飼いはじめた。名前は「パン」。
自他共に認める仕事人間である。ライヴや舞台等では「普段は聴こえることのない音や間を目でも楽しんで貰えるステージを作りたい」ということを心掛けている。ステージ作りついて本人は、「お客様が見に来るというのが大前提で、その中でどうお客様を楽しませようか、というのを考えるのが一番大事なこと。」と語っている。

趣味・嗜好

車が好きで、携帯電話の待ち受けは愛車のエンブレム、着信音はF1、19000回転のエンジン音である。そのため車に関する話題が多く『KinKi Kids どんなもんヤ!』のソロコーナーは、毎週F1・車の話題である。2006年3月からは雑誌『GRAND PRIX SPECIAL(F1グランプリ)』(ソニー・マガジンズ)で「F1賛歌」を、2007年からは東京中日スポーツ紙上でF1に関するコラムを連載している。
F1に詳しく、2000年と2002年にフジテレビF1中継にゲスト出演した際には、その知識と熱意を知られ、以後川井一仁と親交を深めるようになる。また、2009年10月に鈴鹿サーキットで行われた2009年日本グランプリにFIA唯一の公式VIPゲストとして招かれ、前夜祭イベントやフジテレビF1中継等に出演した。F1に異常に詳くなったきっかけは、幼い頃によくしてくれた近所のお兄さんが好きだったから。2005年9月には、プライベートでベルギー・グランプリを観戦に行った。
憧れの人はアイルトン・セナで、ドライビングスタイルだけではなくその人物自体にも非常に強く惹かれている。また、ミハエル・シューマッハにも憧れている。
好きなアーティストはBon Joviなど。幼少期は母親の影響でTOTOなどを聞いていた。お気に入りの曲は串田アキラの「宇宙刑事ギャバン」。『LOVELOVEあいしてる』やライブで歌ったこともある。
好きな飲み物はコーラで、コンビニで売っている氷をグラスの半分まで入れて飲むのが定番。好きな食べ物は、水分の多い果物、桃、イチゴ、タコ、イカ、もずく、豚の生姜焼き、餅、味噌汁(ネギ多め)。甘い物は苦手だが、チョコレートは食べられる。ただし、チョコレートケーキは食べられない。苦手な食べ物は、おにぎり、臓物系の料理、生クリーム、あんこ、パクチー、ナス等。大福やタイ焼きは外側の皮しか食べない。喫煙者であって、お酒はビール、ワインなどを嗜む。1日1食で満腹になる。
野球好き。プロ野球では巨人ファン。元・巨人の選手の川相昌弘のファン。
ゲーム好き。とくにファイナルファンタジーシリーズ(FF)は子供の頃からも含めて、すべてクリアしている。中でもFF10がお気に入りでFF10でワッカ役を演じていた声優中井和哉と獣王星で共演した際は嬉しかったと言う。その後、中井に自身のライブDVD『KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2006 mirror~The Music Mirrors My Feeling~』のCMでのナレーションを依頼している。FFシリーズのオンラインゲームについても、当時ジャニーズJr.だった秋山純に誘われ、植草克秀との交流を深める触媒となった。また剛共々『無双シリーズ』のファンであると公言しており、このことが縁で『真・三國無双6』とのタイアップを実現させている。その他にX-BEATと言うネットゲームにはまってる。
流行やブランドにはこだわりや関心がほとんどないが、クロムハーツを気に入っており、同ブランドのクロスネックレスをよく身に付ける。また、稽古着としてジャージやウインドブレーカーを愛用している。
好きな科目は理科。
子供と動物好きで、特に猫が好きだが猫アレルギーである。過去に「ウニ」「ゆず」という名前の猫を飼っていた。

エピソード

芸能活動が多忙になり途中から高校に通えなくなったため、単位を通信制に持って行き、通信制で5年かけて卒業した(光一が行っていた東海大学付属望星高校は、単位制と通信制の両方がある)。
事務所に入ろうと思ったきっかけの大きなものとしてミュージカルへの憧れがあった。15歳時のインタビューで将来の夢を聞かれた時には、「歌も踊りも芝居も全て入っているミュージカルをやりたい。」と答えている。
ライフワークとも言われる舞台『SHOCK』に関しては、「色んな意味で自分の人格形成された場所。生き方や仕事のやり方があの舞台を通じて出来てきた。」と語る。また常々、「舞台やステージは皆で作るもの」と言い、菊田一夫演劇大賞を受賞した際も「全員の力で頂くことが出来た。とにかくひとつになることを大切にしてきた。スタッフ、キャストがひとつになって作り上げてきたこの舞台でこのような賞が頂けて本当に嬉しい。」と語った。
2009年3月12日に帝劇単独主演記録を更新した際は、「(625回は)あっという間だった。自分では漠然としていてわからないが、“一公演一公演、大事にしていこう。”というのが、“何回”というのを目標にするのではなくて、結果的に“何回”やらせて貰えたとう事に繋がったのだと思います。」と話した。
SHOCKシリーズの初演となる2000年の『MILLENNIUM SHOCK』の公演中に太股の筋肉断裂、2002年6月の『ショー劇・SHOCK』再演の初日に足の靱帯損傷という大怪我を負った。両公演ともサポーターや添え木をして1ヶ月の公演をやりきったが、2002年の初日カーテンコールでは、「自分の不注意から怪我をして、全力のショーをお見せできず、申し訳ありません」と涙を見せた。
光一が主演を務めた『スシ王子!』の監督堤幸彦は、「米寿司を演じるのは大変だったと思う。寿司を握る練習、99%代役なしで挑んだ過酷なアクションシーンなど、非常にストイックで真面目。身体能力という点では、日本の俳優の中でトップクラス。体がよく動き、なおかつ綺麗で凄い。」と言い、共演の山下真司は、「『スシ王子!』は自分の芸能生活28年の中でいちばん大変な撮影だった。スケジュールが厳しく、毎日ほぼ24時間働き続けているような状態だったが、光一だけが寡黙に集中力を途切らせることなく頑張っていた。格好良くてよく働く。養子になって欲しいくらい。」と話した。
『LOVELOVEあいしてる』・『堂本兄弟』・『新堂本兄弟』プロデューサーのきくち伸は光一を、「早くから完成されていた天才仕事人。だが、いつまでも少年の心を持ち続けている。」「プロフェッショナル」と評した。
ジャッキー・チェンは、2000年の『MILLENNIUM SHOCK』と2005年の『Endless SHOCK』を観劇したことがあり、2005年のSHOCK観劇後に仕事で会ったTOKIOの松岡昌宏に、「光一は素晴らしい。SHOCKは素晴らしい。」と絶賛して話したとのこと。
その風貌によりメディアやファンから「王子」と呼ばれている。及川光博から「王子を譲る」「日本の王子は君だけ」、関ジャニ∞の大倉忠義からは「24時間王子である」、光一が主演を務めた『スシ王子!』 の監督である堤幸彦は、「王子といえば光一だろう」と思い光一に出演を依頼したと語っていた。また、どのような男性を「白馬の王子様」として憧れるか、match.comが調査したところ、2位に光一の名前があがった。『oricon style』がチョコを渡したい有名人(アーティスト部門)を調査したところ、4位に名前があがり、また同会社が行った抱きしめてほしい男性有名人の3位に名前があがった。
本人は自分の声があまり好きではないと言っていたが、福山雅治のラジオ番組で視聴者から声がセクシーな男性タレントの第3位に選ばれている。
自分の家の中にいることが好きで、プライベートでは殆ど家の外に出ない。自宅に居る時は、大抵バスローブで、寝る時はほぼ全裸という。「篠原ともえのプリプリプリティ」においてKinKi Kidsの寝起きドッキリをした際、布団にくるまれた光一は全裸であり(と篠原が言っていた)、篠原は絶叫した。
スペースシャワーTVの番組『MUSIC UPDATE』で「イブに一人で過ごしてそうなミュージシャン」で6位に選ばれた。

交友関係

TOKIOの長瀬智也とは自他共に認める親友であり、 国分太一とは一緒に野球をすることがある。
Musical Academyのメンバーを信頼しており、自身のライヴや舞台での共演が多いほか、プライベートでも誕生日プレゼントの交換をしたり、食事をしたりする仲である。MAのメンバー屋良朝幸、町田慎吾、米花剛史それぞれが、自身のweb日記やインタビューで光一に対する尊敬と敬意をこめた発言よくしている。元MAの秋山純(元MA)も信頼を寄せていた後輩で、「俺にとっての癒し系」と明言している。
ジャニー喜多川(ジャニーズ事務所社長)とは「良いバトルをしながら良いものを作っていく」関係。光一は「ジャニーさんの目指すところ、考えていること、俺、すごくわかるの」と発言している。本人によるとジャニー喜多川には滅多に誉められることはなく、「You、最悪だよ」とまで言われるとのこと。
植草克秀(少年隊)とは食事やオンラインゲームで交流を深めていたが、仕事では一緒になることがあまり無く、2009年の舞台『Endless SHOCK』が本格的な初共演となった。
Musical Academy(MA)メンバー、滝沢秀明、Hey! Say! JUMPの薮宏太、山田涼介、KAT-TUN中丸雄一、ジャニーズJr.の、バッケス健人、稲葉光、中間淳太、新垣佑斗など、よくジャニーズ事務所の後輩から憧れの先輩に挙げられる。
吉田拓郎を慕っており、「拓郎さんは僕らを受け入れてくれた人。目線を合わせてくれて、否定せず、知らないうちに導いてくれていた。」という。「番組で拓郎さんに、いきなり『曲を作れ!』と言われて。初めて作った曲を持っていったときに『よく作ったね』って言ってくれたのは、今も忘れない。」「拓郎さんは俺たちに『あ、自分にも、曲が作れるんだ』って思わせてくれたんだよね。今、俺が曲を作っているのも、あの当時のことがキッカケ。たぶん、あの出会いがなかったら、今まで作った曲たちも生まれていなかったと思うよ」と話している。共演番組が終了した後、光一と話したり、メールをする中で、吉田はお互いの大切さをより強く感じ、KinKi Kidsに向けて『ありがとう』という曲を作った。
山下達郎はKinKi Kidsのデビュー曲をはじめ、曲の提供を受けている。光一のことを「1番は少年ぽい人で、ビジネスのアンテナを張って若者の感じが分かってる。」と話していた。
松岡充(SOPHIA)はソロやKinKi Kidsで詞や曲を提供してもらった事もある。光一が司会をしていたポップジャムでの共演もあり、光一がポップジャムを卒業する回にもSOPHIAは出演していて、ラストには松岡が労いの花束を贈呈した。
小栗旬とは『獣王星』での共演を通して仲良くなった。
北大路欣也とは『銀幕版 スシ王子! 〜ニューヨークへ行く〜』で共演し、その後は光一の舞台に足を運んでいる。北大路からはKinKi KidsのCDデビュー10周年のお祝いとして、プレゼントが贈られた。
Endless SHOCK出演のダンサー達とは長年にわたる信頼関係を築いており、彼らがKinKi Kidsや堂本光一のコンサートを見に訪れたり、プライベートでカートレースを楽しんだりしている。
自身が主演を努める舞台『SHOCK』には、黒木瞳や大地真央なども観劇に訪れ、その後に食事へ行くことも多いという。
森光子とはプライベートでも仕事でも尊敬しており、舞台の公演期間には森から食事の差し入れがあるおかげで「体重も(減らずに)キープできている」と話していた。光一は「森さんとお会いすると本当にいつもすごくパワーを頂ける」と話し、森は光一を「若き同志」「ずっと夢を追い続けて皆さんを楽しませておあげになる天使」と言う。2009年の舞台観劇の際には森から「あなたは私の夢ですから」との言葉を贈られた。
川井一仁とはF1中継に出演したことがきっかけで親しい。本人曰く、寿司を食べに行くときは決まって川井と一緒だという。
高木虎之介とは電話をしたり、家に遊びに行ったりする仲である。
佐藤琢磨とは、リポーターとドライバーとして現地で関わったり、雑誌で対談をしたりすることがある。プライベートで佐藤、加藤寛規と共に食事をした際は、「大事件です」「(二人と食事をすることが)この上ない天国。夢のようなひと時でした。」と、ファンに報告した。加藤は2007年に『Endless SHOCK』を観劇に訪れている。