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二宮和也(嵐)

卓越した演技力で舞台俳優・映画俳優・アニメ声優など幅広く活躍している嵐・二宮和也さんの情報です
二宮和也

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二宮和也さんの気になる噂

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基本情報(wikipediaより抜粋)

二宮 和也(にのみや かずなり、男性、1983年6月17日 – )は、日本の歌手、タレント、俳優であり、ジャニーズ事務所所属グループ嵐のメンバー。東京都葛飾区出身。立志舎高等学校卒業。愛称は「ニノ」。なお、読み方は「カズヤ」ではなく「カズナリ」である。168cm、体重は52kg。

来歴

1996年6月19日、中学1年生の時にジャニーズ事務所に入所。小学生のころ、いとこが「写真を撮らせて」と言い、勝手に履歴書を送ったのがきっかけ[要出典]。1997年7月23日、『STAND BY ME』で舞台初出演。1998年1月1日、『元旦特別企画・松本清張原作「天城越え」』でドラマ初出演・初主演。1999年11月3日、「A・RA・SHI」でCDデビュー。舞台の演出家を志望していたため、1999年の12月からアメリカに留学する予定で1月にジャニーズ事務所に辞意を伝えたが、その矢先にデビューが決定し図らずもデビュー会見を行った。
2002年、『ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』で映画初出演、初主演。2003年『青の炎』で映画初単独主演。監督の蜷川幸雄から「日本のリバー・フェニックス」と称され、2004年の蜷川の舞台『シブヤから遠く離れて』の主役に抜擢された。これが舞台初主演となる。
2006年『鉄コン筋クリート』で声優初出演、初主演。『硫黄島からの手紙』でハリウッド作品初出演、アメリカで高い評価を受けた(詳細は後述)。ハリウッドデビューはジャニーズ事務所所属タレント初、アカデミー賞ノミネート・授賞作品共に出演は日本のアイドル初となる。同年に放映された『少しは、恩返しができたかな』で橋田賞を受賞。
2007年に『マラソン』で第62回文化庁芸術祭テレビ部門「放送個人賞」を受賞。国が同賞を俳優に表彰するのは初となる。同作品で、2007年9月度月間ギャラクシー賞「個人賞」を受賞。2008年に連続ドラマ『流星の絆』で第49回モンテカルロ国際映像祭のテレビフィルム部門「男優賞」にノミネートされた。同年、CNNの「まだ世界的に名前は売れていないが演技力のある日本の俳優7人」に選ばれた。2009年に『流星の絆』と『DOOR TO DOOR〜僕は脳性まひのトップセールスマン〜』で第46回ギャラクシー賞「個人賞」を受賞。

人物

家族

父、母、2歳年上の姉の4人家族。父と母は共に調理師免許を持っており、両親ともにかつて服部栄養専門学校の教師を務めていたため、家庭料理には不満がないと発言している。 ペットは姉が拾ってきたフレンチブルドッグの「ブー」、ミニチュアダックスフンドの二匹を飼っている。柴犬の「はる」を飼っていたが、「マイガール」発売日の2009年11月11日に永眠。

演技

実年齢よりもかなり若い役柄(学生など)を演じることが多く、「永遠の17歳」と呼ばれる。「芝居のうまい人はいくらでもいる。監督や共演者、作品全体のパワーバランスがきれいな形を描くように、自分がアクセントになれたら。そのためにもアイドルでいた方がいいし、いたいと思う」と語っている。
2005年のドラマ『優しい時間』の脚本家倉本聰は演技を評価し、2年後のドラマ『拝啓、父上様』の脚本は、二宮を想定して書かれた。倉本は、前作キャストの寺尾聰と長澤まさみが映画のブルーリボン賞を受賞し「かわいそうだから僕があげた」と二宮に代わりに、2メートルくらいの青いリボンを贈った。
2005年に『硫黄島からの手紙』のオーディションを受けた。同映画監督のクリント・イーストウッドは、『青の炎』と台本を読んだ姿を撮ったビデオテープを観て「類まれなる才能」と評し、当初清水役を受けに来た二宮を西郷役に採用し年齢設定など脚本を一部変更した。 ロサンゼルス・タイムズ紙が映画「硫黄島からの手紙」でハリウッドデビューした二宮の特集記事を掲載した。

「嵐で一番の嵐ファン」「嵐がいれば友達はいらない」と語っている。「5人でいる。ずっといる。」と詞に書くことを提案した。スキンヘッドにした『少しは、恩返しができたかな』の撮影時は、二宮が剃れない後頭部をメンバーが剃っていた。
櫻井翔とは嵐内限定ユニット『櫻宮(さくらみや)』を組んでいた。大野智とは嵐内限定ユニット『大宮SK(おおみやえすけい)』を組んでいた。松本潤のことを一般的な愛称である「松潤」と呼ばず、メンバー内で唯一「潤くん」と呼んでいる。相葉雅紀は総武線の電車に乗って一緒に帰ったり、嵐が結成される以前にコンビを組んでいた幼なじみである。

趣味・嗜好・その他

好きな食べ物は「安い食べ物」。もんじゃ焼き・お好み焼き・ハンバーグ・メロンパン・水炊き・オムライス・ミルクパンなど。苦手な食べ物は「高い食べ物」・脂身・椎茸・八宝菜、また、ほとんどの生ものである。
小学校4年生~中学校1年生まで地元の野球チームに所属し、ファーストを守っていた。小学校6年生(1995年)の時に地区大会で優勝したことがある。好きな選手は元読売ジャイアンツの原辰徳(現・監督)。現在はメンバー相葉がオーナーである野球チーム「カラーズ」に参加している。
自他共に認めるゲーマーであり、自らのことを「アキバ系だった」と語る。 また、嵐メンバー内のゲーム普及に余念がない。マリオファンでもある。
趣味はカードマジック。
高橋克実とは11年の付き合いがあり、親友と言っている。友人は年の離れた人物が多い。また、お笑い芸人数名と飲みに行くことがある。
芸能界に入る前から竹内結子のファンである。
もとは左利きであったが矯正をしたため、両利き。